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日语N1阅读14

川端康成
『会葬の名人』が川端康成の作品で?川端康成は会葬の名人であった。二、三歳で母を?七歳で祖母を、そして十五歳までに?たった一人の姉と、祖父とをことごとく死界に送ったからだ。
川端康成は?1899年6月14日に大阪市北区花町で生まれた。父は医師で医院を開業していたが、谷堂と号し、漢詩、文人画などをたしなんだ。川端家はかなりの旧家で、財産もあったが、祖父に死なれてから、康成はまったくの孤児になった。このような生い立ちは彼の生涯と芸術に決定的な影響を及ぼした?彼の文学はこの少年期に陥った不幸の中から、人間としての自覚と誇りをつかみなおしていく手段であり、過程であったといってよい。「私の孤児は、私について言う論者のすべてが刺す点で、???私は論者にさからひはできない?私自身がずいぶんとその感傷にあまえた少年であっただろう」と、彼自身晩年にかいている。
しかし、旧家の長男に生まれたものだか、財政には困らなかった。1917年に中学校卒業後、上京して一高二入学し、三年間の寮生活をした。『私は一高の寮生活が、一二年級の間はひどくいやだった。中学五年の時の寄宿舎と勝手が違ったからでもある?そして私の幼少年時代が残した精神的の病患ばかりが気になって、自分をあわれむ念と自分をいとう念とに堪えられなかった。それで伊豆へ行った。」
伊豆の旅で出会った踊り子の淡い恋を作品化したのは、その初期代表作の『伊豆の踊り子』である?この短篇は、作者の体験に直接基づいている点では私小説といってよいが、この?私」が主人公と言うよりむしろ語り手であり、描写の主眼が題目の示すように「踊り子」におかれている点が、前の時代に見られぬ新しさであった?主人公をこのような自己喪失にみちびいたのは、彼の「孤児の感情」であった。ひがみと甘えの交錯に自分を見失い、考えすぎに疲れた据えた旅に出た青年にとって、素朴な踊り子一家の情熱な好意が回生の糧になった。土の香りのする牧歌的な恋愛が、早熟な自意識に苦しむ青年の救いとして展開される点に、この小説の生命と現代性がある。
だが、?回生の糧」になってもらうために、踊り子は処女でなければならない。作品に次の一節がある。
彼に指さされて、私は川向こうの共同湯のかたを見た。湯気の中に七八人の裸体がぼんやり浮かんでいた。
暗い湯殿の奥から、突然裸の女が走り出してきたかと思うと、脱衣場の突鼻に川岩岸へ飛び降りそうな恰好で立ち、両手をいっぱいに伸ばして何か叫んでいる。手拭もない裸だ。それが踊り子だった。若桐のように足のよく伸びた白い裸身を眺めて、私は心に清水を感じ、ほうっと深い息を吐いてから、こと子と笑った。子どもなんだ。私たちを見つけた喜びで真裸のまま日の光のなかに飛び出し、爪先で精一杯伸び上がるほどに子どもなんだ。私は朗らかな喜びでことことと笑いつづけた。頭が拭われたように澄んてきた。微笑がいつまでもとまらなかった。
踊り子の髪が豊かすぎるので、十七八に見えていたのだ。その上娘盛りのように装わせてあるので、私はとんでもない思い違いをしていたのだ。
踊り子の年齢について思い違えをしていたことがわかった時、主人公の高校生はなぜそれほどまでに烈しい喜びを感じたのか。
たしかに、作品構成のうえからいって、踊り子は子どもでなければならない。踊り子と高校生との関係が密接になるにしたがって、踊り子が肉の匂いを放ちはじめたのでは、温和で郷愁的な伊豆の風物を基調とするこの作品のトーンに8破綻が起こる。旅芸人も、作者の郷愁の世界のための風物である。ということは、伊豆の風物は観光旅行者の眼で見る必要があり、旅芸人はそれに情緒を感じ取ることができる別の世界からの眼で捉える必要がある。
ときに、旅芸人の生活の裏面をのぞかせても、それは「わびしさ」と第三者が情緒的に感じられる範囲を越えてはいけない。

わたしももう48歳で「お若いですね」とお世辞を言われるような年頃になった。もちろん、そのようなお世辞はたいてい聞き流すが?ときには「若くないよ。昔なら人生50年、もうすぐ終わりだ」と①言い返すこともある。そのようなことを言われ始めるのは?人びとにわたしが老人と見られ始めたということに過ぎないからである。
それは?自分が自分を見る場合にも言えることで、「自分は(②)」と思いはじめたら、それは(③)しるしなのである。実際?若い人は「自分はまだ若い」なんて思っていないし、むしろ「もう歳だ」と言うようなことを言いたがる。それが老いはじめると「自分は若い」と言い出すわけで、たいていの老人は自分は実際の年齢より若く見えるし、たとえ若く見えなくても本当は精神的にも肉体的にも若いと信じている。④自分は実際の年齢よりも老けていると思っている老人にお目にかかったことはまだない。
たしかに老化の進み具合は人によって異なり?年齢の進み具合と必ず市も一致しないが、ほとんどの老人が実際より若いと言うことは論理的におかしな話で?それなら?実際の年齢通りに老けている老人のほうが例外だと言うことになってしまう。⑤そんな馬鹿なことはない。老人がそう思っているのが希望的観測に過ぎないことは明らかで?自分の状態よりさらに老けている状態を勝手に「年齢相応」と決め込み?それと自分を比較しているに過ぎない。
つまり?老人になればなるほど自分は若いと思いたがるわけで、したがってこのことから当人の老化の程度を判定できるのではないかとわたしは考えている。かりに老化指数と言う言葉を使えば、⑥(老化指数)=(暦年齢)-(当人が思っている年齢)という方程式が成り立つ。たとえば15歳の人が自分はもう一人前のおとなで?20歳で通ると思っていれば老化指数はマイナス5、20歳の人が自分は20歳程度と思っていれば老化指数は0、40歳の人が35歳程度思っていれば5、60歳の人が50歳程度だと思っていれば10である。ここに自分は50歳と変わらないと思っている70歳の人と、自分は60歳ぐらいには見えると思っている同じく70歳の人がいるとすれば、老化指数は前者が(⑦)、後者が(⑧)で、前者のほうが二倍もより老化しているわけである。「近頃の若者は」なんて言うと老いた証拠と笑われるかもしれないが、⑨近頃の若者には、はたちを過ぎたばかりなのにもう「おじん」または「おばん」になったと嘆き、10代にみられたがる者が、22歳の者が自分は18歳に見えると思っているとすれば老化指数は20代にしてすでに4である近ごろ、そういう若者が多いと言うことは、一方では若者の幼児化がいわれているが?他方では早くから精神的に老けこんでいる証拠ではなかろうか。
(注1)「もう歳だ」:「もう老人だ」
(注2)老化指数:老化の程度を示す数字
(注3)暦年齢:実際の年齢
(注4)おじん:おじさん
(注5)おばん:おばさん
問1①「言い返すこともある」とあるが、なぜだと考えられるか。
1お世辞を言われるような年頃になったから
2自分の人生はもうすぐ終わりだと考えたから
3老人と見られ始めたことを意識させられるから
4お世辞を聞き流すのは相手に失礼だと思ったから
問2(②)と(③)に入る組み合わせとして?最も適当な者を選びなさい。
1②もう歳だ③若い
2②もう歳だ③老人になった
3②まだ若い③若い
4②まだ若い③老人になった
問3④「自分」は、だれを指すか。
1老人
2筆者
3若い人
4お世辞を言う人
問4⑤「そんな馬鹿なこと」とは、どのようなことか。
1老化の進み具合は人によって異なること
2精神的にも肉体的にも自分は若いと信じていること
3実際の年齢通りに老けている老人が例外になること
4年をとると、「若いですね」とお世辞を言われること
問5筆者が⑥「(老化指数)=(暦年齢)ー(当人が思っている年齢)と言う方程式が成り立つと考えたのは、なぜか。
1人によって体力のおとろえ方が異なるから
2老化が進むほど人は若いと思いたがるから
3ほとんどの老人が暦の年齢より若いから
4年齢相応の老け方を決められないから
問6(⑦)と(⑧)に入る組み合わせとして、最も適当な者を選びなさい
1⑦5⑧10
2⑦10⑧5
3⑦10⑧20
4⑦20⑧10
問7「老化指数」によると?次のうち最も老化しているといえるのはどれか。
1自分が20歳だと思っている30歳
2自分が35歳だと思っている40歳
3自分が40歳だと思っている30歳
4自分が45歳だと思っている40歳
問8⑨「近ごろの若者」について、筆者が最も指摘したかったことは何か。
1精神的に幼児化している
2精神的に老け込んでいる
3若く見えるようになった
4老けて見えるようになった

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